質問18.歯科医院に行くと,良くX線写真(レントゲン)を撮られますが,何時も心配で
す。大丈夫ですか?
回答18.これにお答えするには,少し勉強して戴かねばなりません。
1.放射能と放射線について。
この放射能と放射線は本来違う物ですが,混同されている方がいます。
また何と,朝日新聞等の一流紙でもごっちゃに使われていることがありま
す。放射能というのは物質の性質を表す言葉の1つで,放射線を出す物質
又はその性質や能力のことを言います。放射線とは実際にエネルギーを持
って空間を飛び交っている粒子(電磁波も含む)を指します。ですから,X
線は放射線であって放射能でないので,照射された時だけ, 患者様が被曝
するわけです。最近のニュースで,どこかの施設で誰かが放射能物質(新
聞では放射性物質と記述されていましたが)を部屋にばらまいたと伝えて
いましたが,これは,その物質があれば放射線を出し続けるので,出して
いる間は,被曝する危険があります。(放射能物質は半減期と呼ばれる期
間毎に,放出する放射線の量が半分になっていきますので,永遠に未来永
劫放射線を出し続けるわけではありません。)
まず,この違いを理解して下さい。歯科医院で使用されるX線はX線発
生装置と呼ばれる装置に電源をいれ,照射ボタンと呼ばれるスイッチをオ
ンして,回路に電気が流れて始めてX線が発生します。放射能を持った物
質を利用している訳ではありませんので電源さえ入らなければ全く安全な
物です。よく出る質問に「X線が出てから,どれくらいたってから(又は
何秒後に)X線室に入れば安全ですか?」と言うのがありますが,X線が
照射され,発生が終われば直ちにX線は消滅するので安全です。X線は光
と同じ電磁波(専門的には光子(こうし)と言う粒子の流れ(粒子線)で
もあります。詳しくは物理学の本を読んで下さい。)なので,可視光線に
変えて考えると分かりやすいと思います。夜,ついている電球(蛍光灯で
も良いですが)のスイッチを切れば,光は消えてすぐに闇になるのと同じ
原理で,X線が照射されている間だけしか放射線であるX線は存在しない
のです。X線は直ちに物質に吸収されてしまいます。
2.自然被曝について。
人間が放射線を被曝するのは,何もお医者さんや歯医者さんの所だけで
はありません。色々ありますが,その内人類が進化の過程で,この世に発
生する以前から地球環境にあるのが自然放射線と言われる物です。これは
@宇宙から地表に降り注ぐ放射線で宇宙線と呼ばれる物,A岩石や土壌等
の天然の放射能物質らか出る放射線,B空気や食物に含まれる放射能物質
を呼吸したり摂食したりして体内に取り込まれた放射能物質から出る放射
線の3つの放射線があります。これに人間の活動によって作り出された放
射線が加わります。この人工的放射線には事故によるものもありますが,
老廃物として環境に放出される物もあります。
人工的放射線を除いて自然放射線のみを考えると,これは人類が進化の
過程で発生する前からありました。そこである一部の学者は,生物は自然
放射線のある環境で進化を遂げてきたので,当然放射線があることが前提
で進化したはずである。故に自然放射線程度の放射線の量では害は無いは
ずだし,ほんのわずかな放射線は生物を活性化させる刺激になる。と言う
説を唱えています。但しこの説は未だに定説とはなっていませんが。但し,
放射線や電気等の物理的刺激又は化学的刺激等によるDNAへの損傷を修
繕するためにDNAの修復機構があるというのは定説になっています。つ
まり活性化するかどうか別にして少なくとも生物の体は,放射線があるこ
とが前提に形作られているわけです。
すると,次に気になるのが自然放射線の量とX線写真を撮影したときの
放射線の量が気になります。通常の自然放射線の量は,年間約2.4mSv
(ミリシーベルト)程度と言われています(文献1)。(場所により若干変動
します。単位と撮影時の被曝量については後述します。)
ここでは,自然放射線による被曝を自然被曝と呼び,@人間が制御困難
である,A比較的一定レベルの量である,B世界の全人口が被曝している,
C全身に被曝している。D山に登ったり,航空機に乗り上空に行くと量が
増える。と言う特徴があることを覚えておいて下さい。
簡単に言うと,自然放射線+(人工放射線−医療放射線)=公衆が一般
的な生活でさらされる放射線(これによる被曝を公衆被曝と言う)と言う
ことになります。(職業的な被曝のことは除く)
3.人間と化学物質の量と濃度
話を変えて,酸素と水について述べます。ともに人間が生きて行くには
不可欠な物です。酸素が無くては人間は窒息してしまいますが,100%
の酸素を吸い続けると酸素中毒を起こします。又水もコップ一杯の水を飲
んでも何も起きませんが,何リットルも強制的に胃に送ると胃を壊したり
体に悪影響を及ぼします。このように人間に不可欠な物であっても,その
濃度や量を間違えると毒となってしまいます。酸素は酸素中毒を起こす物
だから吸うのをやめましょうとか水は何リットルも飲むと毒だから飲むの
をやめましょうとは言わないと思います。水も酸素も量と濃度を間違えな
ければ絶対に人間の生存に必要な物なので,飲んだり吸うのをやめないわ
けです。放射線も大量に被曝すると,癌になったり,死んだりします。放
射線は,水や酸素と違い,絶対に必要な物では無いと思いますが,大量に
摂取した時の事を考えて,量が少ない場合も同じように考えて恐がるのは
間違えだと思います。
4.放射線の害について。
具体的に人体に対する障害について述べます。時間的に考えると,@放
射線を浴びてから比較的短期間(数週間程度以内)に現れる障害,A放射
線を浴びてから比較的長期間(数年以上)たってから現れる障害,B放射
線を浴びた個人ではなく,次の世代に現れる障害の3つに分けられていま
す。
@の急性障害について考えると,具体的には皮膚が赤くなったり,潰瘍
が出来たり,脱毛等があり,極端な場合が放射線死と言うものがあります。
この場合は,ほとんどその発生するのに最低の放射線量と言う量がありま
す。(専門的には,非確率的障害と言います。)つまりその最低量以下で
あれば,その障害が全く現れません。医療放射線の内,診断目的のX線検
査に使用する線量は急性症状が現れる線量と比べると3桁から4桁くらい
小さい値なので急性症状については全く考えなくて良いと思います。です
から患者様が,歯科のX線検査を受けたからと言って,この急性症状が発
症することはまずあり得ません。又次の質問として「1回の線量が急性症
状の出る千分の1だとすると,千回目に障害は出るのですか?」と言う疑
問がわいてくるかと思いますが,短期的(1日とか数日間)に千枚X線写
真を撮影することはまず無いと思います。必ず何年かにわたって撮影する
と思います。すると1回放射線を浴びてから次に浴びるまでの間に,生体
の回復能力により放射線の影響をやわらげる作用が働き,単純に影響が加
算されたり,蓄積される訳ではありません。これは3.でお話しした水の
問題で考えればよく理解できると思います。水を一度に100リットル飲
むと障害が出るとして,1リットルを毎回飲むと仮定しても100回目に
障害が出るとはお考えにならないと思いますが,それと同じです。
AとBは,それぞれ晩発障害,遺伝的障害と言われるものです。これら
の特徴は,放射線を浴びなくても発生すると言うことです。つまり障害が
発生した場合,その原因が放射線によるものなのか,化学物質によるもの
なのか,自然に発生したものなのかが,なかなか区別できないものなので
す。具体的に障害の内容を言うと,悪性腫瘍(俗に言う癌)の発生が主な
ものです。ですから,@の場合のような発生するための最低線量(専門的
には,しきい線量と言います。)が存在しません。(線量0でも,障害は
発生しますから。)それでは,どうして放射線障害として発癌作用が分か
ったかというと,統計処理によって分かってきました。つまり,放射線を
浴なかった群と浴びた群の癌の発生率の違いや線量の多い少ないと発生率
の差などを統計的処理して比較検討し,分かって来ました。つまり,放射
線は集団の癌の発生率に正の影響を与えますが,個々の個人に対しては何
もいえません。どう言うことかというと,例えば不幸にしてある患者様が
歯科医院でX線検査を受けてから10年後に(放射線の影響だとすると,
最低10年以上たってからと言われています。)癌になったと仮定します。
このとき10年前に受けたX線検査の影響だけで癌になったと断定は出来
ません。無論可能性はありますが,それよりも遺伝とか食生活などの生活
習慣の要素の方が強くて放射線だけのせいだけとは言えません。但し医者
歯医者の立場で言えば,放射線による癌の発生率がOでないので(集団に
対して)少しでも枚数を減らしたり,線量の少ない検査法を選択したりし
て,常にこのことを考慮してX線検査を行っています。
個々の発癌に対してはいえませんが,集団として被曝する線量を低減す
することは,集団として発癌の度合いを低減することになるので,重要な
事です。
5.放射線の単位について。
やっと放射線の単位についてお話出来ます。放射線の単位には,色々な
ものがありますが,主のものは3つで,@その空間での放射線の強さ,A
エネルギーとして対象の物体(生体も含む)にどれだけ吸収されたか,B
吸収された線量が同じでも放射線の種類により生物に対する効果は違うの
でそれを補正した吸収線量,の3つがあります。それぞれ@照射線量A吸
収線量Bには線量当量(ある1点における吸収線量に注目したもの)や実
効線量(放射線の照射を受けた全ての臓器,組織の放射線感受性を考慮し
たもの)があります。新聞雑誌などに,どのくらいの線量ですか?と聞い
て色々な回答が出ていますが,この違いをごっちゃにしている場合がよく
あります。又照射されている皮膚面での照射線量と実効線量との違いが理
解されていない回答もよく見られます。それと照射された体積を考えない
で議論されている場合もあります。歯のX線検査で照射される体積と胸部
それとでは,何十倍も体積が違います。又その照射された体積の中に放射
線に弱い臓器が有るか無いかも重要です。
定義その他の詳しい事に関しては放射線関係の書物に書いてあると思い
ますので,誠に申し訳ありませんがご自分でお探しになってお読み下さい。
ここでは,単位についてのみ書きます。上記の@の単位は旧単位でR(レ
ントゲン),新単位ではC/Kg(クーロンパーキログラム),同じくA
は旧単位でrad(ラド),新単位でGy(グレイ),Bは旧単位でre
m(レム),新単位でSv(シーベルト)と言います。
6.まとめ
結論を言いますと,歯科医院で受けるX線検査の影響は微々たるもので
ご心配は全くないと申し上げて良いと思います。
歯科医院でよく使用するX線検査は,頭部の周りをX装置が回転するパ
ノラマ撮影とフィルムを口の中に入れて撮影するデンタル撮影と言うもの
だと思います。その内,撮影範囲の広いパノラマ撮影での被曝線量は,線
量等量は11μSv程度と考えられます(文献2)。これは2.でお話しし
た自然放射線によるものと単純に比較して約1/210程度であること(
自然放射線の線量とパノラマ撮影の線量に幅があるためぴしっと何分の1
とはいえません)。又自然放射線が全身に浴びるが,パノラマ撮影が頭部
の約下半分しか浴びないので体積比から言うとその1/10以下の影響し
か与えない。などを考えると4.で述べた急性障害は全く発生しないと考
えられます。又晩発障害についてですが,10年後に癌になるリスクより
は今X線写真を得なかったことによる不利益の方が大きいと考えられます
ので,ご心配になることはないと思います。患者さんのX線写真を撮影す
ることによる危険度(リスク)と医学的利益を常に考えて,医師や歯科医
師は撮影を決定しているので,又責任を負っているので,心配は無いと考
えられます。
どっちにしろ,放射線は目には見えませんし,触ることもできません。長さと
か重さなどの五感で感じるものでないだけに,どうしても観念的な捉え方にな
って実感がわかないと思います。ですからよけい恐怖感が先に立つと思います
が,見えないからこそ,よけいに正しい知識を持ってよけいな心配はしない,
不用意に安心しきらないで,正しく放射線に接して戴きたいと思っております。
放射線は,便利なものであるかわりに,危険な面もあります。その理解にはほ
んの少しの知識も必要です。そのうえにたって恐がるなら分かりますが,見え
ないから,感じることが出来ないから恐いというのは,お化けを恐がるような
ものだと思います。正しい知識を持ってから評価をして戴きたいと願っており
ます。
文献1 歯科診療における放射線の管理と防護
日本歯科放射線学会・放射線防護委員会編
医歯薬出版株式会社
2002年6月20日 第2版第1刷発行 37頁 表3−4 から
文献2 歯科X線撮影における防護Q&A
岩井一男(日本大学歯学部放射線学教室)
質問1から
「オリジナルサイト」は日本大学歯学部同窓会の広報の頁の
2001.46-1の講座の項にあります。
質問19.歯科で撮影しているX線写真(レントゲン)は胸のX線写真よりも,線量が多く
危険だと言われ心配です。大丈夫ですか?
回答19 確かに文献3の様に単位面積当たりの皮膚面での照射線量は歯科のX線撮影の
方が胸のX線撮影よりも大きな値となっています。これは,X線の発生装置と
皮膚面までの距離が歯科の方が短い,X線フィルムの感度が歯科の方が低い等
の理由によります。(歯科のX線フィルム(口の中にフィルを入れて撮影する方
式の場合)の方が感度が低い替わりに胸のX線フィルムよりも細かいところまで
見る事が出来ます。解像度が高いとも言います)。文献3のデータを見ますと約
18倍位差があります。確かに,これをもって,歯科のX線撮影は胸のX線写
真よりも危険であると喧伝された事はあります。但し,X線が照射されている
体積が歯科の方がずっと少ない。X線に敏感な組織が照射野(X線が照射されて
いる部分)にあるかどうか等を考慮した実効線量で比較しますと,文献4の質問
1のデーターの様に約2倍から14倍程度胸のX線写真の方が高い値になって
います。しかし,どちらの実効線量の値であっても自然放射線の2.4mSvと
と言う値から比べれば十分低い値になっていますので,ご心配なさる事はあり
ません。(自然放射線については質問18と回答18を参考になさって下さい)。ま
た,患者様の体格の差,X線撮影装置のちょっとした撮影角度によるの差,現
像装置の設定の違い等で,患者様が受ける線量はかなり変化致しますので,こ
こに紹介した表のデーターによって厳密で定量的な議論をする事は出来ません。
ここに紹介した表のデーターの値は一つの目安と考えて,状況を把握して戴き
たいと存じます。
文献3 検査と放射線被曝について(1998年9月) Googleのキャッシュページ
黒川浩典(十全総合病院放射線科 1998年9月の時点での所属)
文献4 歯科X線撮影における防護Q&A
岩井一男(日本大学歯学部放射線学教室)
質問1から
「オリジナルサイト」は日本大学歯学部同窓会の広報の頁の
2001.46-1の講座の項にあります。
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